密謀

上下二巻だが、すぐに読める
考えてみると藤沢周平さんの本ははじめて読むような気がする
上杉景勝直江兼続の二人の描き方も、書き手によって微妙に違っており
それぞれが楽しい

概して上杉景勝は「寡黙の人」として描かれているが
下巻の146ページからはじまる上杉謙信23回忌の場面では
珍しく雄弁に語る景勝が描かれており感動もする。

兼続が言って、景勝にむかって一礼すると、それまで身じろぎもせず、咳ひとつこぼさず塑像のように坐っていた景勝が、すっくと立ち上がった。

 すると、兼続の話の間はどことなくざわめいていた広間が、不意に凍りついたような静寂につつまれた。景勝が自分で話すなどということは空前のことである。それだけでなく、下座の家臣たちはもとより、居並ぶ諸将も景勝を深く畏怖していた。
<中略>
 「故太閤は上杉を同盟の国として遇し、しかも終始変わるところがなかった」
 景勝の声は、低いが明晰で広間の隅々まで透った。
 「だが、いま大坂に在る内府はそうではない。まわりの者を蹴落して、なしくずしに天下をにぎる気配にみえながら、いまだに何の挨拶もない。狡猾にして据傲、おどろき入った厚顔ぶりではある。余人はどうあれ、わが上杉は、このままにかの男の思惑に屈することを潔しとせぬ」
 「…………」
 「さきほど山城が申したように、上洛はせぬ。理由も山城が申したとおり。これを不服とし、かつは藤田能登の訴えをうけて、内府が兵をさしかけて来ることも覚悟せねばならぬが、上杉はそれを恐れるものではない。そも、徳川内府とは何者ぞ」
 不意に景勝は怒号し、言葉を切って一座をにらみ回した。立ったままの小柄な姿が、満身にみなぎる怒気のために、ひとまわり太きくなったように見えた。
 「もとは三河の一土豪に過ぎぬ。太閤死するや伏見の城を乗っ取り、つぎに大坂の城を乗っ取り、さきには加賀の前田を罠にはめて降し、天下を私しよう構えだが、この上杉については思うままにはさせぬ」
 「…………」
 「われらは好んで戦を欲するものではない。しかしながら、身に降りかかる火の粉は払わねばならぬ。内府が押し寄せて来るそのときは、上杉の総兵をこぞって、辛き眼にあわせてくれようと腹をば固めた」
 景勝の眼は、ひとを射すくめる光を帯び、□は裂けるかに見えた。景勝は獅子吼した。
 「景勝、かつて合戦十数度におよぶといえども、いまだ敵に敗をとったことはない。諸子、われを援けよ」
 大広間には、一瞬にして戦気がみなぎったようだった。景勝の大演説が終わると、野太い声がおう、うけたまわったと呼応した。老将本庄繁長たった。
 その声にうながされたように、諸将はつぎつぎに胸を張っておうと答え、下座にいた家臣たちも呼応したので、大広間は雄たけびに似たどよめきに包まれた。

何度読んでも心が躍る。日頃寡黙であるだけに凄みある見事な描写だと思う。

密謀 (上巻) (新潮文庫)

密謀 (上巻) (新潮文庫)

密謀 (下) (新潮文庫 (ふ-11-13))

P246から始まる、三成の挙兵によって、会津から撤退するときのこの場面もなかなか凄い

八月四日、はたして家康の主力軍は退きはしめた。その動きを知ると兼続は、少数の供回りを連れ、長駆して白河口に出た。安田、島津、本庄、甘糟らの諸将に会って手の中の書状を示しだのは、家康追撃の意志をたしかめるためである。
 誰ひとり反対しなかった。諸将は猛り立った。誰の眼にも、いまこそ徳川の軍勢を粉砕する好機と映ったのである。兼続は、さらに長沼まで馬を飛ばして景勝に会った。
 「宇都宮にいるのは、もはや浮き足立った押さえの兵に過ぎません。一撃で破ることも可なりです。追撃をお命じください」
 だが、景勝は首を振った。その必要はない、とはっきり言った。兼統ば眼をみばった。
 「何のためのもためらいでござる? 内府を討つ、いまが天与の好機ですぞ。かの男との積年の縺れを一挙に決すべきときです」
 「うつろたえるな、山城」
 と景勝は言った。思いがけずきびしい声だった。
 「上杉は内府を討つために兵を挙げたわけではあるまい。彼攻め来たるがゆえに、われもまた兵を構え、雌雄を決しようとした。武門の意地はつらぬいた。かたがた大坂に対する義も、いささか立ったというものだ」
 「…………」
 「内府が江戸に退くというなら、われまた会津に帰るのみ,敵の弱昧につけこんで追撃をかけるのは上杉の作法ではない。それに、上杉にはまだやるべきことがある。そのことを忘れたか」
 血縁のようだった主従の開に、暗い亀裂がロをあけたのを兼続は見た。景勝は謙信のころの古い義を言っている。そこから一歩もすすんでいない。いま、上杉は天下の大勢に遅れるところだと思った。兼続は激しく言った。
 「しかし、治郎少輔との約定がござる」
 「約定は守った。上杉が天下の兵を引きうけたがゆえに、治郎少輔は兵を挙げ得たではないか」
 「…………」
 「落ちつけ、山城。内府がまた来るというなら拒みはせぬ。ふたたび迎え撃てばよい」
 「しかしそのときは、内府は上方の勝利を背に、破竹の勢いで来ますぞ。進んで戦うも斃れ、しりぞいて義を守るもまた斃れ……」
 だが、兼続はそこで言葉を切った。深々と一礼して口を閉じた。

さらに、感動的なのは、関ヶ原の戦いの直後、このまま家康の軍門に下るかどうかを
主従で議論する場面も泣ける
P265より

「それがしに、兵二万をお預けくだされ。佐竹を語らって一挙に江戸を衝き、かの城を陥してごらんにいれます」
 「…………」
 「内府は戦後の沙汰にいそがしく、当分は上方をはなれ得ぬところ。かつは勝ちに心驕って、江戸も上杉も念頭にござりますまい。おそらくはいまが、かの男に痛撃を加える最後の機会と思われまする」
 「…………」
 「坐して滅びを待つよりは、出でて決戦を挑むにしかずです。江戸城がわが手に落ちたと知れば、内府も傍観は出来ますまい。必ず出て来ます。そこで決戦に持ちこむ所存です」
 徳川方の手に落ちた石田、小西、安国寺の三人が、顔に覆い布をつけられ、首には鉄櫛をはめられた姿で、大坂、堺の市中を馬で引き回されたのは九月二十八日である。
 三人は、三日後の一日、さらに輿にのせられて洛中を引き回されたあと、六条河原で首斬られた。その前日の三十日には、蒲生郡中ノ郷で池田長古、亀井滋敢の軍に包囲された長束正家が、捕縛を待たずに自刃している。

 最上陣から米沢にもどったあとにもたらされた、それらの知らせを聞いたころから、次第に明確な形をととのえた考えを、兼続はいま述べているのだが、景勝はうなずかなかった。
 黙って首を振った。兼続は、思わずじわりと身体を前にすすめた。
 「坐して待てば、内府は必ず天下の大軍をひきいて来ますぞ。上杉の滅亡は火をみるよりもあきらかです。しかしいま江戸城を陥して東国をおさえ、攻めて来る内府に決戦を強いれば、いささか上杉の面目をはずかしめない戦が出来ようかと思われる。さらに申せば、天下の形勢はまださだまったわけではござりますまい。来るべき決戦にも、十に二つの勝算はござる。勝って、天下人を目ざすかの男の野望をくじくことも、なお夢にはあらずと考えます」
 「…………」
 「それがしに兵をくだされ。佐竹の兵をあわせて三万、佐竹頭から一挙に南下するなら、事は成就します。もし宇都宮の徳川軍がこの作戦をさとって動くときは、目ざわりなこの押さえの兵を潰す好機。安田、島津の二将にハ干ほどの兵をあずけて追撃をお命じになれば、秀康の軍は一度に崩れ立ちましょう」
 兼続は、いまは部屋の外に声が洩れるのもかまわず、はげしく言ったが、景勝はやはり無言で首を振った。

<中略>

 「さればこそ、先手を打って江戸を…………」
 「待て、山城」
 景勝は、はじめてきびしい声を出した。
 「江戸城を奪っても、もはやこの大勢は覆えせぬ。見えぬか、山城。指折って数えてみよ。前田、毛利、宇喜多はすべて降り、五奉行と呼ばれた人びとは潰え、上杉は天下に孤立した。いまいましくはあるが、新たな天下人が現われたのだ。わしはそうみる」
 「…………」
 江戸城を占拠しても、いずれは天下の兵をひきうけねばならぬ。そうまでしてなお戦するとなれば、内府と天下を争うことになる」
 「おやりなされ」
 兼続は鋭く言った。景勝の気持が降服に傾いていることをさとり、身体がどっと熱くなっていた。前に進んで景勝の腕をつかんだ。
 「いまこそ内府と天下を争い、雌雄を決し候え。何のための、御ためらいにござる? その戦のときは、この兼続をはじめ、上杉の将兵ことごとく、喜んで殿のご馬前に死にますぞ」
 「しやっ、やめぬか、山城」
 景勝は、兼続の手をふり払った。強い力たった。そなたほどの者が、なお血迷うたことを言うか、と景勝は叱ったが、さほとに怒った声ではなかった。
 「おれをみろ、与六」
 と景勝は言った。
 「わしのつらをみろ。これが天下人のつらか」
 兼続は撃たれたように景勝を見た。景勝の顔には、怒りのいろち悲しみのいろもうかんでいなかった。景勝は落ちついていた。
 「わしは武者よ」
 と景勝はうそぶくように言った。
 「戦場のことなら、内府はおろか鬼神といえども恐れはせぬ。しかし天下のまつりごとはまた格別。わしは亡き太閤や内府のような、腹黒の政治好きではない。その器量もないが、土台、天下人などというものにはさほど興味を持たぬ」
 「…………」

 <中略>

 「上杉の家名を残すのだ。降れば領国を削られ、世に嘲られることは眼にみえているが、武者は恥辱にまみれても、家を残さねばならぬことがある。いまがその時ぞ」
 兼続は、顔を上げて景勝を見た。だが兼続が見ているのは、景勝の顔ではなかった。景勝の背後、薄暮のひかりがただようあたりをうつむいて通りすぎる、石田、大谷、小西らの姿を見たようであった。家康との、長い抗争が終わるところだと、兼続は思った。
 天下を争え、と景勝には言ったが、家康との抗争のはじまりはそれではない。おのれの欲望をむき出しに、義を踏みにじって恥じない人物に対する憤りが、兼続や石田を固くむすびつけたのである。
 だがその厚顔の男のまわりに、ひとがむらがりあつまることの不思議さよ、と兼続は思わずにいられない。むろん家康は、義で腹はふくらまぬと思い、家康をかついだ武将たちもう思ったのだ。その欲望の寄せあつめこそ、とりもなおさず政治の中身というものであれば、景勝に天下人の座をすすめるのは筋違いかも知れなかった。
 天下人の座に坐るには、自身欲望に首までつかって恥じず、ひとの心に棲む欲望を自在に操ることに長けている家康のような人物こそふさわしい。景勝が新しい天下人があらわれたと言ったのは正しいのだ。
 ―義はついに、不義に勝てぬか。
 そのことだけが無念だった。

<以下略>

大変に長い引用になってしまったが、引用しながらまたまた感動している私であった。