「井波律子」さんの「ラスト・ワルツ 胸躍る中国文学とともに」

昨夜の夕刊に某書店の新聞広告で「ラスト・ワルツ」という書名が書かれていたので、調べてみると一昨年亡くなられた中国文学者の「井波律子」さんの遺稿集だった。彼女が「The Band」の熱烈なファンだったことを初めて知り、今日久々に栄の丸善に駆け込んで本を買ってしまった。

彼女の並々ならぬ「The Band」への偏愛にただただ感動。さすがに、「三国志」など研究をされただけあり、面白い指摘があったので引用しておこう。

ラスト・ワルツ 胸躍る中国文学とともに

Rock at that time 井波律子(初出2005年) 「ラスト・ワルツ胸躍る中国文学とともに」より
ザ・バンドの魅力は、強烈な個性をもつ腕利きの五人のロックンローラーが、それぞれの持ち場で競い合いながら、絶妙の一体感を作りだしているところにある。中国の長篇小説『三国志演義』の登場人物になぞらえれば、ザ・バンドは蜀の劉備グループといえよう。

鍛えぬいたプロのミュージシャンでありながら、時として激しくも逸脱した歌声を響かせるドラマー、レヴォン・ヘルムは暴れん坊の張飛、一種、悲壮な風貌とソウルフルな歌いぶりが印象的なピアノのリチャード・マニュエルは悲劇的な関羽、つねにグループとしての戦略を考える名ギタリストのロビー・ロバートソンは軍師の諸葛亮。力強いベースの音を牌かせながら、自在に歌うリック・ダンコは頼もしい趙雲。キーボードやオルガンはいわずもがな、どんな楽器も弾きこなし、背後でザ・バンドの音楽をみごとにまとめるガース・ハドスンはリーダーの劉備

(中略)

 強い指導力を発揮するわけでもないのに、劉備には配下を蒋起させ、固い絆で結びつける不思議な力があった。彼はまさに天性のリーダーだったのである。
このリーダー問題が、劉備グループとザ・バンドの決定的な差異にはかならない。ガースは音楽面ではたしかに劉備なのだが、職人肌の彼はグループそのもののリーダーにはなりえない。その意味では、最古参のレヴォンが劉備になるべきなのだが、張飛的な無手勝流の彼はその柄ではなし。
つまるところ、ザ・バンドはリーダーのいない共同体だったのであり、このことが彼らの栄光であると同時に、悲劇だったともいえよう。