私はフェルメール  20世紀最大の贋作事件

私はフェルメール 20世紀最大の贋作事件

私はフェルメール 20世紀最大の贋作事件

途中からは毎夜少しずつ読み進め、ようやく先ほど読了(22:15)

前半は、主人公ハン・ファン・メーヘレンが贋作に手を染めるまでの
前半生が劇的に書かれている
特に大学の卒業試験や絵画コンクールについての記述は結構楽しめる

また、いかに贋作を制作していったのかの過程が
きめ細かく述べられており、「いかに亀裂を生じさせるか?」までも
スリリングに語られている

ある人がある絵を贋作だといった瞬間に、それがかつて本物と認められていたことがどういうわけか考えがたくなるようだ。突然、その作品のあらゆる欠点―贋作者の手の戸惑い、彼の色遣いの浅はかさ、人物の形態、光、透視法の表面的な把握―が見えてくる。
(中略)「本物、だから美しい」となるのである。P190-191

訳者である、小林褚子さんがあとがきでこのように警鐘を発しているのは心にとめておきたいことである

 ……ウイン(この本の著者フランク・ウイン)は皮肉交じりに引用しているが、名門のオークションハウスのサザビーズが「すべての売り立て作品は『……の手とされている』ということで売却されます。サザビーズは、所蔵者に敬意を表し、言葉で表現されるものであろうと、ほのめかされるものであろうと、あらゆる種類、あらゆる性質の断言あるいは保証をいたしません……物の状態、サイズ、質、希少性、重要性、純度、アトリビューション、真筆性、来歴あるいは所有者の財産の歴史的な信用度についていかなる断言あるいは保証もするつもりはありません」という断り書きをした上で、売り立て事業に携わっているのは、誠意の放棄というより、長い歳月の中で培ってきた美術作品にかかわるごく正直な知恵というべきだろう。サザビーズが、専門家の手を借りて事前調査をしているにもかかわらず、こうした断り書きをしているのは、鑑定に絶対はないことを熟知しているからだ。

 権威のお墨付きをありかたく思い、ジャーナリズムの報道をついつい真に受けてしまうといったことは、誰にも一つや二つ、心当たりがあろう。 P322より引用