犯罪は「この場所」で起こる

犯罪は「この場所」で起こる (光文社新書)
教職研修の4月号で小宮信夫氏の書かれたものがあり
さっそく本書を買って読んでみた
「客観的なものが安全(safety)で、主観的なものが安心(security)である」
という指摘に興味を持った
割れ窓理論」も勉強になった
なによりも著者の地域安全マップの作成についての考えは共鳴できる(本書P154〜)

「犯罪発生マップ」や「不審者マップ」にならないように
 このように、地域安全マップは、犯罪を防止する意志と能力を、コミュニティが備えることを支援するツール(道具)である。このような効果を最大限に引き出すためには、次の三点に注意する必要がある。 第一点は、地域安全マップは、犯罪が起こりやすい場所を表示した地図であって、実際に犯罪が起きた場所を表示した地図(犯罪発生マップ)ではなく、不審者が出没した場所を表示した地図(不審者マップ)でもないということである。
 犯罪が起きた場所だけで、その後も犯罪が起き続けるわけではないので、その場所に執着していると、他の場所で油断し、犯罪の被害に遭うことにもなりかねない。また、犯罪が起きた場所を単純にそのまま地図に書き込むだけでは、危険な場所を見極める能力は育たない。転居しても遠出しても、被害に遭わないためには、自分自身の力で危険性を判断できるようになる必要がある。
 さらに、犯罪が起きた場所に執着すると、被害体験を聞き出すことに躍起になり、被害者のトラウマ(心の傷)を深める危険性もある。とりわけ、被害に遭った子どもの心のケアには十分な配慮が必要である。子どもから被害体験を聞いたアンケートは人権侵害に当たるとして、弁護士会に人権救済の申し立てがなされた地域もある。したがって、犯罪が起きた場所が明らかにされている場合でも、それは、あくまでも、犯罪が起こりやすい場所を洗い出すのに役立つヒントとして考えるべきである。
 次に、不審者マップは、被害防止能力の向上に効果的でないばかりか、有害でさえある。不審者マップは、不審者という人に注目した地図なので、犯罪者に焦点を合わせた犯罪原因論のマップ版と呼べるものである。したがって、検挙には役立つかもしれないが、犯罪機会の減少にはつながらない。
 また、不審者マップは、不審者かどうかの判断が主観的であるため、特定の大や集団(知的障害者、ホー人レス、外国大など)を不審者扱いした差別的な地図になる危険性もある。そもそも、不審者かどうかを事前に見極めるのは不可能に近い。とりわけ、子どもたちに、単純に「不審者に注意しましょう」と指導することは、「進んであいさつをしましょう」とか「困っている大を助けましょう」などと指導していることと矛盾し、子どもたちを混乱させてしまう。行方不明になった愛大を、車で扱していた女性から声をかけられた子どもが、警察に通報したため、騒ぎになった地域もある。
 このように、不審者という人に注目して、子どもたちに無理な要求をすれば、結局、子どもの大人不信を増長させかねない。しかし、犯罪が起こりやすい場所を事前に見極めることは可能である。したがって子どもたちには、「犯罪が起こりやすい場所にいる大大には十分警戒し、犯罪が起こりにくい場所にいる大大とは積極的に関わろう」と指導すべきである。そうすれば、子どもたちも、場所と状況に応じて適切に行動できるはずである。

(文字の強調・着色はky823)

蛇足ながら、割れ窓理論ついては→google検索結果
また、yahooには「通学路の安全対策 」についてトピックスがある(多少びっくり)